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2004年3月17日水曜日

苔州の魅力

市川苔州の全盛期は、昭和初期の約10年間くらいだったといわれています
それは多くの作品を考察してみると理解できます

つまり、全盛期と思われる作風の似た作品群が存在するからです
その作品群の代表的な釉薬に小豆釉があり

ご紹介する鉄鉢式(てっぱつしき)もその時代の代表的な形です


市川苔州作 小豆釉鉄鉢式丸型樹盆(あずきゆうてっぱしきたまるがたじゅぼん)

炎のいたずらにより微妙な窯変が見られます
胴を斜めに横切る雲のようです


こちらの角度にも見えます


裏正面には窯変がありませんね


窯変の部分は炎が強く当たったのでしょうか、釉薬がドロッと層になって流れています
この鉢の見どころです


苔州独特の鉄分の多い土目
釉薬の色彩は土に含まれる成分の影響を強く受けます


土の拡大図
黒い粒々が鉄分です

この鉄分の影響を受けて苔州の釉薬は渋い味わいがあるのです

2003年11月18日火曜日

市川苔州鉢


市川苔州作 瑠璃釉太鼓胴丸型樹盆(瑠璃ゆうたいこどうまるがたじゅぼん)

辰砂釉と並んで瑠璃釉も苔州が得意とした釉薬です
深みのある澄んだ色合いが特徴で、丸の鉄鉢形(てっぱつがた)や太鼓胴(たいこどう)に多く用いています
辰砂の渋い感じとは対照的ですね

また太鼓胴の鉢も苔州独特の形です
(苔州は無落款の作品が多いからです)
土目も鉄分の多い茶褐色です

作家によって用いる土や釉薬は特徴があり
ベテランになるとこの二つは、形や落款よりも鑑定の重要な決め手になります

特に真贋は落款だけでは決めかねる場合が多いので
土目や釉薬の特徴をよく覚えてください

一番いけないのは落款を鵜呑みにすることです
(簡単に写し取れるんですよ)

2003年11月9日日曜日

竹本・苔州の謎2

昨日のつづき

竹本鉢と苔州鉢の類似の謎を解く鍵は意外なところに有りました
30年の空白を埋めるある人物がいたのです

その人物Yさんは、すでに物故されていますが
若い頃より苔州と親交があり、また竹本の遺族の家にも出入りしていました
明治38年生まれといいますから、明治30年生まれの苔州とは世代的にも矛盾しませんね

代々東京で手広く盆栽園を営む家系に生まれ、ご自分も盆栽園を経営していました
晩年、跡継ぎの息子さんたちに苔州との親交を語っていたそうです

それによると、Yさんが竹本の没後に残されて竹本作の素焼き鉢を買い取り
それを親しい苔州に施釉、焼成してもらった鉢が存在するそうです

そうなるとその作品は、竹本のボディーに苔州が釉薬を施し焼成したのですから
二人の合作ということになりますね

また昨日の古老間に伝えられる
「竹本の没後(明治25年)遺族の手に残された複数の石膏型は
その後、市川苔州の持ち物となり、それらを用いて苔州が制作したために
竹本鉢と苔州鉢には形や大きさの同じものが存在する」

という話の真実性も出てきます

つまり竹本の石膏型を苔州に斡旋した人物もYさんであるという推理成り立ちます
これは確率の高い話ですね

ですから、合作と石膏型からの二つ理由から竹本鉢と苔州鉢には
大きさや形がそっくりで、土目や釉薬の異なる鉢が現存するのです

盆栽鉢の歴史に残る二人の作家の接点は、意外な角度から見えてきました
Yさんこそが小鉢史の舞台回しをしてくれた、キーポイントの人物だったのです

小春日和の一日、Yさんの息子さんのお話を聞きに行ってきました

竹本鉢

苔州鉢

似てますね

2003年11月8日土曜日

竹本・苔州の謎


昨日のつづき
竹本鉢と苔州鉢の類似の謎に迫ります

盆栽界の古老の間に

竹本の没後(明治25年)遺族の手に残された複数の石膏型は
その後、市川苔州の持ち物となり、それらを用いて苔州が制作したために
竹本鉢と苔州鉢には形や大きさの同じものが存在する

という説が現代まで伝えられていることは確かです

可能性のまったくない説ではありません
竹本、苔州ともに東京に住み、東京を拠点にして制作活動をした作家です

私は初めからこの説に異論はありませんでしたが
竹本隼太の没後(明治25年)から、明治30年生まれの苔州が鉢の製作を始めたと推測される
大正から昭和の初期まで、にかなりの時間的な空白があるのが気になっていました

明治30年生まれの苔州は、その全盛期といわれる昭和の初期には30歳の年齢に達しています
つまり約30年間の空白があるわけです

近世盆栽鉢史において30年の歳月の空白は長すぎますね

つづく

2003年11月7日金曜日

竹本対苔州1

小鉢の世界で竹本隼太、市川苔州といえば古典の最高峰の作家ですが
その両作家が、数多くの似かよった作品群を残しているのです

竹本隼太作・青磁釉正方
市川苔州作・瑠璃釉正方

↑の二つは間口がそれぞれ約3cmのほとんど大きさの似かよった豆鉢です
相違点は釉薬の色と、竹本は隅を切ってあるくらいです




しばしば鉢の鑑定の決め手となる土目もやや似ていますし
おまけに足の形までそっくり(やや大きさがちがいますが)
水穴の開け方までそっくりです

これでは異なる作家と断定する決め手が見つかりませんね

竹本は明治25年に没しています
苔州は明治30年の生まれです

謎は深まるばかりです

つづく

2003年10月28日火曜日

市川苔州鉢

明治から戦前に活躍した鉢作家・市川苔州は、竹本隼人や平安東福寺とならんで
すでに盆栽史の古典作家となっています

是非知っていただきたい著名作家です

苔州作・辰砂釉木瓜式樹盆

茶褐色の鉄分の多い素朴な感じの土目
辰砂釉や鉄砂釉に優品が多い
丸が対外(木瓜式・八角など)には流し込みの型を用いている
無落款の作品が多い(半分以上と推定)

ちなみに意図的な贋物は見かけませんが、無落款のものが多いので
似た作風のものを「苔州鉢」と勘違いしている場合を見かけます

実際の作品の画像をお見せしながら徐々に解説していくことにします

土払い品500鉢

10日ほど前に隣市の某愛好家さんから土払い(どばらい)のお話しがあって引きうけることにしました。盆栽界で土払いというと、盆栽や鉢などすべての持ち物の売買のことをいいます。 プロでもアマチュアであっても、生き物(盆栽)の後継者がいない場合は売り払うか、さもなくば枯らすことになります...